◎労働者保護の色合いが強い労働法と活発な労働組合活動
外資系企業がインドネシアへの進出を検討する際に、決まって挙げられる課題がある。それは労働者保護の色彩の強い労働法とデモ・ストライキを頻発させる労働組合の存在である。これが原因で、多くの外資系企業が人件費負担増のリスクにさらされることになる。
インドネシアにおける労働組合によるデモの様子
インドネシアの労働法は、具体的には次のような特徴を持っている。
- 短期で完了する業務は契約社員を雇用することで対応することを許可しているが、2年間以上継続する業務は正社員を雇用して対応することを義務付けている。
- 企業サイドの事情で簡単に正社員を解雇することを禁じている。(裁判で刑事罰が確定したようなケースや、会社が2期続けて赤字のようなケースで初めて正社員の解雇が認められる。)
企業は一度正社員を雇用すると、その労働者が定年(55歳)に至るまで雇用し続ける義務を負うことになる。従ってできるだけ雇用期間を限定することが出来る契約社員を雇いたがる傾向が強いが、労働組合はこの契約社員を正社員に切り替えさせるための要求を企業に強く求めてくる。また組合は賃上げも強く要求している。この活動により、インドネシアの最低賃金水準は近年急激に上昇している。(下表を参照)
ジャカルタ 最低賃金推移
年 |
最低賃金 |
上昇率(%) |
インフレ率(全国)(%) |
2009 |
1,069,865 |
10.00% |
2.80% |
2010 |
1,118,009 |
4.50% |
7.00% |
2011 |
1,290,000 |
15.38% |
3.79% |
2012 |
1,529,150 |
18.54% |
4.30% |
2013 |
2,200,000 |
43.87% |
- |
出典:インドネシア労働移住省
◎労働法および労働組合活動の今後の動向
外資系企業にとっては、この労働者保護の色彩の強い労働法と強い労働組合の存在は悩みの種であるはずであり、私もお客様より今後の動向を聞かれることが多い。私は、労働法は今後とも当分は不変であるものの、労働組合活動は和らいでいく傾向にあると思っている。
労働法が不変である理由は、昨今のインドネシアの国内政治情勢にその根拠がある。先日実施されたインドネシアの総選挙において、メガワティ元大統領率いる闘争民主党の得票率が19%で首位であったが、現行労働法はこの闘争民主党が政権を担っていた2003年に制定されたものである。この労働法を何とか改正しようと試みた現職大統領のユドヨノ氏が率いる民主党は今回の総選挙で得票率10%に留まり、政権与党に就く可能性はなくなってしまった。これにより、少なくとも次期大統領の任期である5年間は労働法が改正される可能性は極めて低いと考えられる。
また、労働組合の活動が和らぐ根拠であるが、ここにも政治が絡んでいる。インドネシアの労働組合の活動資金は政党から提供されていると言われている。選挙前は票の獲得に向けて派手なストライキを労働組合に演じさせて、その要求を政府が飲む形で最低賃金を上昇させる。つまり、労働組合活動は選挙の終了と共に、一旦落ち着くと考えられるのである。
それから、インドネシアの最低賃金の水準が既に他国と比較してもそれほど遜色の無い水準にまで上がってきているという事実も、労働組合の活動が和らぐ根拠の一つとして数えられる。(下図を参照)
先日インドネシアに訪問し、労働制度を司る労働力・移住省の官僚にインタビューを実施する機会を得た。
その官僚は、次のようなことを話していた。「インドネシアでは労働力人口に比して、雇用を提供する企業の数がまだ少ない。にもかかわらず労組の企業に対する要求が強すぎると、外資系企業がインドネシアから撤退してしまう恐れがある。これは雇用の減少につながるため労働者自身を苦しめることになる。この点がインドネシアの労働市場の最大の問題点である。」
政府は選挙対策として最低賃金を上昇させたが、それがインドネシア経済にとって必ずしもプラスにはならないということを理解している。このことから推測すると、今回の総選挙後は最低賃金の上昇は一旦ストップする可能性が高いのではないか。もしそうであれば、インドネシアに進出した(もしくはこれからしようとしている)企業にとっては好材料となるはずである。