‘グローバルビジネス’ カテゴリーのアーカイブ

アフリカビジネスの現状と今後

2013年10月17日 木曜日
 
 昨今、日本企業からも注目を集めるアフリカ市場。先日、一週間ほど東アフリカのタンザニア連合共和国を訪れる機会があったので、ビジネスという観点で見聞きした事、思う事を少し書いてみます。通信(携帯電話)、食品、自動車・二輪車という3つの業界について。個人的には2年半ぶりのアフリカでした。
 
【通信(携帯電話)】
 やはりかなり普及しています。所得がそれほど高くなく、経済的に十分に豊かでなくとも、人々はコミュニケーションのために優先的にお金を使います。通信大手Vodacom社を始め各社の回線はそれほど良くないようで、2台以上所有している人や、Dual SIM仕様(複数キャリアのSIMカードを切り替えて使用できる)端末を持つ人も見かけました。身なりから判断するに比較的所得が低い層が主に使っているNOKIA、最大都市であるダルエスサラーム中心部のオフィスに勤務するホワイトカラー層が主に使っているGALAXYやiPhoneといったところまでは想像の範囲内でしたが、思いのほか、中国企業TECNO製のスマートフォンに頻繁に遭遇しました。一般の会社員、NGOのスタッフ、街で見かけた若い女性(学生?)等が手に持っていたスマートフォンは皆TECNO製で、聞いてみると一台60〜70ドル程度で購入できるとのこと。
 実はこのTECNO社、中国企業ながら「アフリカのみをターゲット市場として捉える」と明言している特異な企業です。公表されている企業としてのMissionは”To provide satisfying mobile communication products and service to consumers in Africa, to create happiness in material and spirit for the staff.”。アフリカでは既にSamsungの競合とも言われており、エチオピアで2012年から現地工場での製造を行っているほか、ナイジェリアやケニアにも工場を設立計画中のようです。アフリカ各国で20%前後の市場シェアを持つとの情報もあります。確かに、世界の携帯電話市場の今後を考えれば、間違いなくアフリカは巨大市場。実際に製品を使っている人は品質に不満があるようで僕のiPhoneを羨ましがってはいましたが、企業としてはエッジが効いており、個人的には応援したいです。
 SMSを活用したM-Pesaのようなアフリカならではの金融システムも話題になっていますが、今後アフリカでも爆発的にスマートフォンが普及すれば、モバイルインターネットを活用した新たなアフリカ発のサービスが現れるかもしれません。そのためには、モバイル通信回線の改善や、Wi-Fiの更なる普及も必要ですが(東南アジア等と異なりFree Wi-Fiは滅多に見つかりません)、そのような通信インフラ整備といったハードの側面でも上手くやればチャンスはあるのではないでしょうか。
 
【食品】
 タンザニアは農業国であり、地元の市場へ行けば非常に安い価格で新鮮な食材を購入することができます。しかし、いわゆるModern Trade、つまり近代的なスーパーマーケットの食料品売場に並ぶ加工食品、包装食品は輸入品ばかりです。原産国は南アフリカが圧倒的に多く、一部隣国のザンビア製のお菓子等も見受けられます。世界的大手のNestle社、Mars社も南アフリカやヨーロッパで生産したチョコレート等を流通させています。
 スーパーに置いてある地場メーカー製のお菓子はお土産にちょうど良いので、どの国に行っても一度は見に行くのですが、残念ながらタンザニア製で持ち帰れそうな食品はほぼありませんでした。辛うじて見つけたまともな包装食品はコーヒー、紅茶、カシューナッツ程度。タンザニア地場大手財閥であるBakhresa Group製のAzamブランドのパン、紙パックのジュース等も陳列されていましたが、お土産には適しませんでした。
 そのような中でも大々的に現地生産しているのはやはりCoca Cola社で、複数種類の炭酸飲料のほか、飲料水等も広く国内に流通させています。どこのレストランや小さな売店に行っても冷蔵庫の中にはコーラやファンタが並んでいました。以前、別のアフリカの国を訪れた時も同じくCoca Cola社だけが現地化している状況があり、その開拓精神はまるで土着宗教しか存在しない地に乗り込む宣教師団のようだとさえ思えます。
 食品に限らず、一般消費財も輸入品ばかりであり、まだまだmanufacturingという概念が定着していない国ではありますが、潜在的な消費市場が大きいのもまた事実。路上で販売されていた地元の英字新聞“Business Time”の一面の見出しを見ると、“Low cost production in Tanzania pays”と大きく書かれていました。南アフリカや上述のエチオピア等と比べて製造業の誘致に成功していないタンザニアですが、政治的に安定しており、ダルエスサラームという港町もあるため、今後は生産拠点としての投資が拡大してもおかしくありません。
 
【自動車・二輪車】
 さて、ここまで日本企業の活躍について何も書くことができず辛かったのですが、自動車・二輪車市場に目を向ければ話は変わります。中古車も含めてですが街中で目にする乗用車は圧倒的に日本車、特にトヨタ車です。地元の人も自動車は日本ブランドが一番だと声を揃えていました。しかし自動車が普及するとどこの新興国の都市も同じように、渋滞が問題となります。ダルエスサラームも例外ではなく、通勤ラッシュに巻き込まれるとまったく身動きがとれなくなってしまいます。
 そこで2007年に政府直下のDART (Dar Rapid Transit) Agencyが設立され、市内に公共交通機関であるBRT(Bus Rapid Transit)Systemを導入するべく、目下建設工事が進行中となっています。これは一般車両とは別に公共のバスだけが走る事ができる専用車線を設けるもので、例えばインドネシアのジャカルタを走るTransJakartaと同様のシステムです。現在の主要交通手段であるDala Dalaと呼ばれる小型バス(主に日本の幼稚園バスなどの中古車を活用)に取って代わる新たな市民の生活の足として、2015年の開通を目指して駅を建設し、既存の道路の一部を専用車線として整備し直しています。この工事はドイツ系の建設会社が請け負っているとの事なので、導入される車両もドイツ製になるのでしょうか。既に国内を走っている大型長距離バスではブラジルMarcopolo製の車両も多く、またMarcopolo社は既に南アフリカのBRTでも導入実績があるため、こちらも有力候補かもしれません。
 しかし工事の影響で、ただでさえひどい市内の渋滞は更に悪化しているのが現実です。そのような中で個人のバイクタクシーが活躍しています。まだバスが走っておらず一般車両も通れない、ガラガラのバス専用車線(建設中)をバイクタクシーの後ろに乗って、渋滞の列の横を走り抜けるのは気分が良いのですが、安全面で不安が残ります。中国製の安価なバイクが主流ですが、きちんとメンテナンスされているとは言えず、バックミラーが片方しかなかったりもします。既にBRTが導入されていても同じく渋滞がひどいインドネシアで注目を集めるGO-JEKのようなビジネス(バイクタクシーを個人の商売ではなく企業として組織立てて運営するスタートアップ)も、今後アフリカ各地で広まっていくのではないでしょうか。
 ちなみに、タンザニアのバイク乗りは、中国製のバイクを愛用しながらも、本当はHONDAやYAMAHAのバイクが欲しい!とぼやいていました。バイクに限らず、日本ブランドを信じてもらえているうちにアフリカの皆さんともっと親しくなりたいところです。
 
 以上、総じて、日本企業にとってあまり簡単な市場でない事は事実だと思います。しかしこの市場に本気で向き合っている企業は何かしらの、しかもアフリカ特有のSolutionを導き出しているのもまた事実。今後は更に面白くなりそうです。
 
 
タンザニア連合共和国の経済について:
主要産業は農業(コーヒー豆等を輸出)、鉱業(金等を輸出)、観光業(サバンナのサファリ等)など。現在の一人あたりGDPは500ドル台ではあるものの、2001年以降の経済成長率は6〜7%台を維持。国連推計では2100年の人口は現在の5倍以上に増加し、人口規模で世界の上位10ヶ国入りするとされている。
 
 
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写真(左):牛の売買をするマサイ族の男性はNOKIA製の携帯電話のユーザー
写真(右):ダルエスサラームで最大のショッピングモール

ミャンマー訪問記

2013年8月28日 水曜日

今月、ミャンマーに訪問する機会を得た。ミャンマーといえば、アジア最後のフロンティアと呼ばれ、日本企業が進出先として注目する新興国のうちの一つである。一体どのような国なのか?訪問前の私はとてもワクワクしていた。せっかくなので出来るだけ現地の生活水準、インフラ整備状況等を把握し、実際のところ日本企業が進出可能な状態の国なのかをこの目で確かめたいと思った。

 

◎インフラ整備状況

タイのバンコクより夜間のフライトでミャンマー最大の都市であるヤンゴンを目指した。着陸間近になった時、私は飛行機の窓からヤンゴンの市内を覗いて見た。そこでまず一つの驚きがあった。街の明かりが少ないのである。バンコクの夜景も先進国のそれと比較するとやや暗いように感じたが、ミャンマーの場合、最も発達しているはずのヤンゴンでさえポツポツとしか明かりが見えない。その国の経済発展度合は、細かい経済指標など見なくても、大都市の夜景を見ればあらかた分かってしまうものなのかもしれないなと感じた。実際にヤンゴン降り立ってみて、夜の繁華街を歩いてみると・・・

繁華街の夜

こんな感じで、街頭があまりついていない。よくミャンマーは電力不足で、民生用に回す電力が限られると言われるが、それを身をもって実感した瞬間だった。ちなみに昼間は・・・

繁華街の昼

こんな感じである。中古の日本車が数多く走っており大通りは渋滞が発生することも珍しくない。一方で建物は大半が植民地時代(ミャンマーは1948年にイギリスより独立)のものだと聞いていたが、随分年季の入ったものばかりである。(下の写真は、ミャンマー人の住む住宅の外観)

住居

現地に十数年滞在している日本人に会う機会があり、現在何社程度の日本企業が駐在員を派遣しているのか聞いてみたところ、約100社程度だという。駐在員は通常各社とも1名のみで派遣されることが普通らしく、このような環境の中で家族と離れて生活をしていく駐在員の精神的負担は相当なものだと思われる。事実、この環境で生きていくことに嫌気がさしてしまい会社を辞めて行方不明になってしまった日本企業の駐在員も実際にいたらしい。

 

◎工業団地への日本企業の進出状況

さて、私は複数の日本企業が工場を運営しているミンガラドン工業団地に向かった。ミンガラドン工業団地とは、同国で初めての国際水準の工業団地として三井物産とミャンマー建設省住宅局とが共同で開発した工業団地である。ホームページを見ると、全ての区画が「販売済み」か「予約済み」となっている。(同工業団地のホームページ:http://mingaladon.com/japanese/land_use_plan_lease_terms.htm)しかしながら、実際に団地の中に入ってみると、はっきり言って空地だらけである。区画を購入もしくは購入予約をした多くの企業は、実際にはまだ工場の建設に着手していないのである。場所だけ確保しておいて、工場進出はもう少し様子を見てからということなのであろうか?

 

◎タイ企業の存在

ミャンマーの一人当たりGDPは、約800米ドルである。一般に、この値が3,000米ドルを超えると、家電や自動車等の耐久消費財の消費量が本格化すると言われている。経済成長のペースが今のまま推移すると仮定すると、一人当たりGDPが3,000米ドルに到達するには、あと20年から30年はかかる計算である。当然のことながら、現時点では日本の家電など高すぎて普及するはずもない。と思っていたら、ホテルに備え付けてあったポットのメーカーに見覚えのある名前が・・・

ポット

「MATSUSHITA」?なんとパナソニックのポットかと思いきや、タイの「MISUSHITA」というメーカーのポットであった。頑張っている日本企業の姿を一瞬見た気がしたのだが、残念ながらそれは錯覚であった。

ミャンマーへ進出している外資企業で最も目立つのはタイ企業、その次が中国企業ではないだろうか。実際スーパーの店頭で食料品等のパッケージを見ていても、タイ語の表記が目立つ。残念ながら日本のブランドを見かけることは少ない。

 

◎日本企業にとっての選択肢

日本人が住み慣れた祖国を離れ、一定期間駐在し、事業を立ち上げる先としては、ミャンマーはまだ、インフラや住環境の整備が不十分であると私は感じた。一方で、中進国であるタイの企業は、地の利を生かしてどんどん進出を進めている。このままではタイやその他の国の企業に負けてしまう可能性が高い。ひとつの選択肢として、タイ企業との協業による進出という方法が考えられるだろう。実際にそのような検討を行っている日系企業も存在する。どのような方法をとるにせよ、近い将来、もう一度ミャンマーを訪れたとき、日本の企業の存在感が大きくアップしていることを期待する限りである。

インドネシアインフラ開発

2013年8月8日 木曜日

ここ最近当社では東南アジア、特にインドネシア案件が増えている。特にインフラ関係ではインドネシア政府が2025年までに40兆円規模の大規模開発を行うと発表している事もあり、大きな市場が期待されている(本当に同規模開発がされるかは不明だが・・・)

そこで今回はインドネシアについて少し触れようと思う。

インドネシアは2億3,700万人の人口を抱える東南アジア最大の市場である。イスラム教徒が9割りを占め、また国土は1万3,466にもなる島から構成されている等の特徴をもつ。現在一人当りGDPは3,592ドル(2012年IMFランク113位)程度であるが、インドネシア政府は2025年までにGDP規模で世界TOP10入りを目標としている。

近年日系企業の有望投資先として中国、インドに次いで3位にランクインしている事からもその注目の高さが伺える。

初めてインドネシア(特にジャカルタ)に行って驚く事はその交通渋滞のすごさだろう。ジャカルタに関していえば、2014年には二輪車、四輪車の道路占有面積が道路の総面積を超え、交通が完全にマヒするグリッド・ロック(金縛り)状態になると言われており、早急な道路開発、渋滞回避のための対応策が急がれている。

下水の普及率は僅か2%とほとんど普及していない状態。ちなみに日本は98%とほぼ100%に近く、中国が60%前後、インドのデリー等でも10%程度は普及しており、その低さが実感できる。

また政府の財政支出はここ数年赤字の一途を辿っている。最大の原因は石油輸出国から輸入国へ転じた事により電力の発電単価が上昇、そのコスト増分を消費者への電力料金へ転嫁せず政府が補助金を出して賄っているためである。

その他港湾整備によりコンテナ取扱能力の向上、人口の一極集中型から多極分散型への加速など多くの課題を抱えている。

そんなインドネシアのインフラ問題に対して、日本は官民一体でビジネスチャンスを創出しようとしている。いわゆるMPA(Metropolitan Priority Area)構想である。同構想は日イ閣僚級会議で承認され、計画づくりの段階から民間も参加し、事業会社が興味をもつプロジェクトを入れるなど工夫をしており、現在11社の日系企業がFS段階から参加している。これまで民間企業のみで海外市場を攻める傾向の強かった日系企業にとって、事前に両国閣僚級レベルで承認されている事は追い風になる。

但しインフラ建設が国際競争入札である以上、FSを行っているからと言って落札には繋がらないが、個人的にはこのチャンスに是非とも日本企業のプレゼンスを高めてもらいたい。

また国としては、MPA構想を一つのモデルとして他国への広げる動きを期待したい。

サービスを売り始めた中国飲食企業

2013年7月2日 火曜日

 北京で企業訪問が終わって、「海底?」という火鍋のお店に行く予定で、タクシー運転手に「海底?」と知ってますと聞いたところ「知っているよ、海底?が売っているのはサービスだよ。」と回答してくれた。「サービスを売っている?中国企業が…」と日本で8年間生活して中国に帰国する度に中国のサービス業に従事しているスタッフたちの態度にイライラする私にとっては「サービスを売っている中国企業」のイメージが想像しにくかった。

  「海底?」に着くと、すぐスタッフに3階へ案内された。毎日込んでいると聞いて今日は並ばなくてラッキーと思ったが、中に入ってみたら2階から3階にかけて、廊下の小さなテーブルに座って待っている人が散見された。我々も当然3階の廊下にある小さなテーブルに案内されたが座るとすぐにおしぼりとお茶、果物などを出してくれた。そして番号札を渡され、となりにはきちんと現在何番まで案内されたかを随時更新してくれる電子看板があった。またお店中を回ってみたら、待っている顧客のためにネイルコナーやインタネットコナーなども設けておりこれまたびっくりした。

 15分程度経って食事テーブルに案内され火鍋が登場。火鍋素は袋に入れて開封していない状態で火鍋スープと一緒

に登場して少しほっとした。(これは過去の火鍋のお店では火鍋素を繰り返し利用しているという噂への対策であった)。その後タレコーナーに行き自分の好みでタレを配合することを案内された。タレを取る時不注意でタレが茶碗の周辺に付いてしまい、内心ティッシュがあればと思った瞬間、角にティッシュがおいてあることに気が付きさすがと思った。また常に笑顔を失わず顧客のニーズを見極め、顧客から声をかけられる前に対応してくれるスタッフたちなど全てが感動的だった。そろそろ食事が終わるタイミングに、我々のテーブルを担当してくれたスタッフから声をかけられた。後10分で本日自分の勤務は終了するそうで、引き継ぎのスタッフを丁寧に紹介され、もう一回「!!」。

 中国の民営企業がサービスの大切さに気が付き、サービスを売り始め、また想定以上のサービスを提供できるということは決して13億人の消費市場を狙う外資系企業にとっては決して無視できることではないと思う。

 

?「海底?」概略?

「四川海底?餐?股份有限公司」は1994年に設立された四川火鍋を運営する民営企業で、「海底?」という文字とおり海の底から取るという意味である。設立されてから19年以来、既に北京、上海、西安、鄭州、天津、南京、杭州、深セン、厦門、広州など全国21ヵ所の都市に81の直営店舗を展開しており、傘下に19,000人の従業員を抱えている。現在は4つの大型現代化物流配送基地と一つの火鍋の素の生産基地も有している。当該企業は既に中国国内と海外で注目するブランド企業に発展され、中国国内の媒体だけではなく、アメリカ、イギリス、日本、韓国、ドイツ、スペインなどの多国の主流媒体にも報道されたことがある。

Google、AppleのSan Joseオフィスを訪問

2013年7月1日 月曜日

 

Caltrainのサンフランシスコ駅より出発

サンフランシスコとオークランドでのアポの合間をぬって、San Joseをクイックに訪問してきました。

Caltrain 車内

Caltrain 外観

 

Caltrainのサンフランシスコ駅から準急で約1時間、Googleの本社に近いMountain View駅に到着。現在San Joseに駐在中の友人にピックアップをしてもらい、早速Google本社へと出発。

Google本社近く Mountain View駅

 

 

開かれた環境のGoogle本社へ!

その道中、テスラモーターズの新型セダンを発見!映画「アイアンマン」のモデルにもなったイーロン・マスクが代表を務めるあの会社です!一瞬の出来事で、残念ながら写真には収められませんでした。。。。

Googleにはあの有名キャンパス間の移動のための自社自転車と、電気自動車用のチャージャーがありました。非常に開かれたスペースで、開放感があり、また社員の方々が芝生の上でジャグリングをしていたり、ビーチバレーをしていたり、またビールを飲んで談笑をしていたりと、非常に自由な雰囲気が印象的でした。ショップではGoogleのオリジナルT-shirtをゲット!

アンドロイドの開発プロジェクト名の元となったお菓子のオブジェ

Google本社 外観

Googleの名前が付いたストリート

Google社員用自転車

Google本社に設置されている電気自動車用充電器

Google本社前 記念撮影

 

一方Appleはというと、Closedな印象。ショップではアップルの手帳をゲット!

短い訪問でしたが、友人にも久しぶりに会い、Google、Appleの2社を訪問。非常に有意義な時間でした!

Apple本社

Infinate Loop

Infinate Loop

内モンゴル自治区

2013年6月28日 金曜日

中華人民共和国成立50周年の国慶節、国を挙げて盛大に記念式典を行っている最中、僕は天津から寝台列車に乗り込み7時間かけて内モンゴルの草原の旅に出かけた。省都フフホトよりバスで1時間程郊外に行くと、そこには草原が広がり、馬にまたがり、草原を闊歩し、夜はパオに泊まり、飲めない白酒を無理に飲みながら、一面に広がった星々を見て、手のひらで掴めそうなぐらい近くに感じ、夜明けには太陽が昇るのを目に焼き付くぐらい間近で見られる。これが僕のモンゴルに対する印象だ。

 

先週久しぶりに内モンゴルに出張したが、当時の印象とはがらりと変わり、都市部は高層ビルが並び、北京や上海に比べると見劣りはするが、2級、3級都市と比べると特に変わりは無い、そんな感じに様変わりしていた。さすが、2000年?2009年まで経済成長率第一位で平均18.7%成長しているのを実感した。

 

前置き長くなったが、この内モンゴルというネーミング、「内」がつくのはどういう意味か興味があったので、調べてみると想像以上に複雑な中国情勢が絡み合っており、興味深いので、ここに記載する。(一部ウィキペディア引用)

 

元々その広大な土地から、3つの地域 オイラートモンゴル(現在のカザフスタン・中央アジア)、ハルハモンゴル(現在のモンゴル)、内モンゴルに分けらており、権力闘争等を昔から行っていたようだ。清の時代には清の領地に組み込まれたり等紆余屈折を経て、内モンゴルは満州国の一部となり、外モンゴルがモンゴル人民共和国として自治を認められる。その後、満州国崩壊に伴い、内モンゴルは中華民国の支配下に置かれ現在にいたっている。元々、モンゴル人やダフール族等の少数民族等が暮らすこの土地に漢民族による入植が行われ、今では漢民族が80%以上の構成を占めており、モンゴル人や少数民族は郊外に追いやられている。

 

経済成長率は中国で屈指であるが、その殆どが漢民族により牛耳られており、自治区内での多民族との経済格差も問題となっている。また、独立運動も新疆、チベットと同じく問題となっており、南モンゴル民主連盟の代表者ハダが政治犯として入獄させられ、刑期満了後に行方不明になっている等中国当局の弾圧が続いていたりしている。

 

さて、思ったままを走って書いた為、締めの言葉が思いつかず、困ってしまったが、出張を通して、内モンゴルの歴史、抱えている諸問題等がわかり、より内モンゴルを理解したが、今回に限らず行く先々の土地の歴史、文化を体験し、掘り下げていく作業は非常に楽しいと思うので、今後も続けていきたいと思う。

サンフランシスコのタクシー運転手から聞いた、アメリカの雇用状況について

2013年6月27日 木曜日

 

元GE チーフエンジニアのタクシー運転手

サンフランシスコ国際空港に降り立ってホテルまで向かう道中、私が乗ったタクシーの運転手は、現在のアメリカで如何に年齢層の高い人々が新たな仕事を見つけるのが大変なのかを語っていた。

彼はエチオピア出身で現在56歳。アメリカ国籍を持ち、弟は弁護士、妹はナースをしている。GE(General Electric)でチーフエンジニアを務め、10年以上に亘り、世界24か国を股にかけMRIの仕事に携わっていた。その後自ら会社を立ち上げたものの金融危機の影響で事業がうまくいかず、現在は求職中。

 

2,500通の履歴書を提出し面接は1つという雇用現状の実態

この半年だけでも約2,500通の履歴書をリクルーティングサイトを通じて提出をしているが、手にすることができた面接は1つだけ。日々報道されるニュースからこの現状を理解していたつもりであったが、やはり当事者から直に話を聞くと、その深刻さがより鮮明に感じられた。

彼との会話は現在のアメリカの政治や経済、また彼が得意としていたエネルギー分野にも及んだ。その観点や意見を聞いていると、失礼な言い方かもしれないが、彼がタクシー運転手をしていることに大きな違和感を覚えられずにはいられなかった。

学生時代を過ごした北米に今年2回目の出張だ。アメリカはフロリダ州、テキサス州、カナダではオンタリオ州の3か所で過ごし、日本でも父親の仕事の関係上転勤が多く、1つの学校で入学から卒業までを過ごしたことは1度もない。
動き回っているのが日常であった自分にとって、今のライフスタイルはその延長上にあるような気がし、やけにしっくりきている。

今回の出張は3日間と短い期間ではあるが、アポの合間の時間を利用し、古くからの友人が現在駐在をしているSan Joseにまで足を延ばしたいと思う。